すみだ北斎美術館で『新収蔵品展 ― 学芸員が選んだおすすめ50 ―』が開幕しました!
葛飾北斎や門人たちの作品を収蔵するすみだ北斎美術館が、2016年の開館以降に新たに収蔵した肉筆画、版画、版本の中から50点を選りすぐった展覧会です。多くが初公開の作品なので、同館に足繁く通っている人も、はじめましての作品が多いかも。
この記事では、新収蔵品展の見どころを紹介していきます。その前に、北斎と墨田の関係からすみだ北斎美術館について簡単に押さえていきましょう。
葛飾北斎とすみだ北斎美術館について
日本が世界に誇る絵師、葛飾北斎(1760~1849年)は、90年の生涯のほとんどを現在の墨田区で過ごしています。90回も引っ越ししたと言われているのですが、ほぼ墨田の中での移動だったそう。
すみだ北斎美術館は、北斎ゆかりの地「すみだ」に誕生した美術館です。常設展や企画展で展示される数多くの作品を通じて、北斎や門人の画業を学ぶことができます。
葛飾北斎と言えば浮世絵版画のイメージがありますが、肉筆画や版本などさまざまな作品を残しているんですよ!企画展では毎回異なる切り口で、そんな北斎たちの作品を紹介しています。作品も興味深いですが、ユニークな視点も毎回面白いんです。
展覧会の見どころ
新収蔵品展には、今回が初めての公開となる作品も多く展示されています。中でも特に注目したいポイントを3つ、和文化の定理が厳選して紹介していきます!
- 富嶽三十六景の「三役」
- 葛飾北斎の肉筆画
- 芸術性高まる「読本」
富嶽三十六景の「三役」
葛飾北斎といえば、「富嶽三十六景」ではないでしょうか?中でも「神奈川沖浪裏」は世界的にも有名な作品です。
ダイナミックな波の形がこれ以上ないほど完璧なバランスで、良い構図のお手本のようではありませんか?飲み込まれそうになる船や遠くに小さく見える富士山も、対比の効果を生んでいます。
富嶽三十六景の中でも、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」「山下白雨」は特に名作として名高く、「三役」と呼ばれています。前期・後期をあわせると、本展では三役を一気に見ることができるのですね。
ところで皆さんは、浮世絵版画の作り方をご存じでしょうか?同館の常設展では版画制作のプロセスが解説されているので、こちらもあわせて見ると、北斎の版画の凄さを実感できるはず!
まず、版画は絵師1人で作るものではありません。分業で作られており、プロデューサーの役割を果たす版元の指示のもと、絵師が下絵を制作し、彫師が下絵を版木に彫ります。色ごとに分けられた版木を摺師が順番に摺っていき、版画を完成させます。
こうして政策プロセスを見ると、「神奈川沖浪裏」に描かれた細かい水しぶきが奇跡のように感じられませんか?白は紙の色なので、水しぶきの部分は着色しないことで表現されています。私だったら、ちょっとズレてしまって水しぶきが無くなってしまうだろうなーと思いました…。
絵の輪郭や色の指定は絵師でも、彫ったり摺ったりするのは別の人物だと思うと、少し絵の見方が変わりますよね。1枚の版画を作るために、どれだけ多くの職人の手がかかったのかを想像すると、1枚に込められた江戸の文化のロマンがじんわりと心に広がっていきます。
葛飾北斎の肉筆画
葛飾北斎といえば上述した浮世絵版画のイメージが強いのですが、肉筆画も残しています。「肉筆画(にくひつが)」は「肉筆浮世絵」とも呼ばれており、いわゆる絵画のことですね。絵師が自らの筆で紙などに直接絵を描いた浮世絵のことです。なお、浮世絵とは主に江戸時代に描かれた風俗画を指します。
「おや?浮世絵って版画のことではないの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。実は、正確に言うと「浮世絵≠版画」なんですよね。
「浮世絵=版画」のイメージは確かにあるのですが、正しくは浮世絵というジャンルの絵の形式の一つが版画、という関係。版画の浮世絵もあれば、肉筆の浮世絵もあります。区別したいときは、それぞれ「浮世絵版画」「肉筆浮世絵」のように呼びます。
話を展覧会に戻すと、本展では北斎や門人らによる肉筆画も展示されています。肉筆画は絵師の筆遣いがよりリアルに感じられますし、北斎たちの画力も遺憾なく発揮されているので、肉筆画は特に時間をかけて鑑賞したいところ。
特に興味深いのは、後期に展示される北斎の「蛤売り図」ではないでしょうか?
作品の上部に書かれている歌(賛)には、「しじみかと思ったらはまぐりで、まさに『ぐりはま』だ」といった内容が読まれています。
本作は現在は「はまぐりを売っている人の絵」とされていますが、以前は「しじみ売り」と考えられていたのだそうです。まさに「ぐりはま」ですよね。
ちなみに、常設展では北斎の肉筆画「朱描鍾馗図」が展示されています。朱描きの鍾馗図は疫病退散を願って描かれたそうで、コロナ禍の今こそ実物を見て祈りをささげたいところです。
芸術性高まる「読本」
江戸時代の読みもの「読本(よみほん)」をご存じでしょうか?私たちがカフェや電車で文庫本を読むのと同じように、江戸時代の人々は読本を楽しんでいました。
文章中心の本だったので「読本」と呼ばれていたのですが、徐々に挿絵や口絵も重要になっていきました。葛飾北斎や門人たちは読本の挿絵も手掛けており、その芸術性に貢献しました。
本展では読本もたくさん展示されているので、江戸時代の人々がどんな風に楽しんでいたのか想像しながら鑑賞してはいかがでしょうか。例えば、葛飾北岱『十嘉栄利花』を見てみましょう。
北岱は北斎の門人の一人で、この読本は山賊に家族を殺された志津子が復讐する物語です。この見開きの場面は、志津子が山賊への復讐心を募らせる場面と考えられ、画面の半分を女性の顔で占める強烈な挿絵となっています。
パッとページをめくってこの顔が出てきたら、トラウマで寝られなくなりそう…。物語をドラマチックにする、挿絵の効果が見て取れますよね。
他にも、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』の展示が興味深かったです。北斎の弟子や孫弟子である柳川重信、二代柳川重信らが挿絵を努めたのですが、本の量が膨大で…!一部は閉じた状態で積んで展示されており、里見八犬伝の大作っぷりに驚きました。表紙に犬が描かれているのが可愛かったです。
【まとめ】厳選された作品から北斎と門人たちの画業を学ぼう
『新収蔵品展 ― 学芸員が選んだおすすめ50 ―』について紹介してきました。ポイントをおさらいしておきましょう。
- 「富嶽三十六景」の三役を見られる機会
- 肉筆画には絵師の力量が直接あらわれる
- 北斎と門人たちは読本に芸術的な挿絵を描いた
2016年の開館以降に収蔵した作品を見られる展覧会で、初めて公開されるものも多数あります。お伝えしたポイントを軸に、展覧会を隅々まで堪能していただければと思います。