《鼠草子絵巻》(部分)室町~桃山時代 16世紀
サントリー美術館で『リニューアル・オープン記念展Ⅱ 日本美術の裏の裏』が開幕しました!
サントリー美術館では「『生活の中の美』を、ひとりでも多くの方に愉しんでいただきたい」という基本理念の下、展覧会を開催しています。日本美術はもともと、室内装飾など生活に密着した表現だったからです。
歌川広重《東海道五十三次(隷書版)のうち 原》江戸時代 弘化4~嘉永5年(1847~1852)
今回の展覧会では、昔の人々の美術の楽しみ方を知り、追体験することにフォーカスを当てています。現代人にとっての「裏ワザ」的な鑑賞方法を学び楽しめる、良質な展覧会でした。
早速、展覧会の見どころを紹介していきましょう!
展覧会の見どころ
今回の展覧会では、昔の人々の日本美術の楽しみ方をイメージしながら鑑賞したいところ。できれば、現代の価値観は一旦捨ててしまいたいです。そのヒントになりそうな見どころを3つ厳選したので、紹介していきますね。
- 生活の総合演出
- 生き生きとした動物たち
- 小さいものの可愛らしさ
生活の総合演出
本展では屏風や絵巻など「日本美術らしい日本美術」を堪能できるのですが、作品単体ではなく、「取り合わせ」によって完成するように感じました。作品と作品が響き合うことで、生活を総合演出するようなイメージです。
例えば、屏風の展示を見てみましょう。花が咲き鳥がさえずる極楽浄土のような風景を描いた屏風を飾れば、室内はたちまち異空間に変貌します。
【重要文化財】伝 土佐広周《四季花鳥図屏風》室町時代 15世紀
しかし、「ただ置くだけ」で良いとは思えませんでした。屏風は大きいですけど、範囲には限りがあります。端が境界になって異空間と現実が分断されてしまうと、せっかくの屏風が可哀想に思います。
そこで、やはり「置かれる空間」も大切だったのではないでしょうか。室内空間をどう設えているかによって、屏風の見え方も変わってくるはずです。日本古来の美術を楽しんでいた高貴なる人々は、「空間×屏風」の総合演出を楽しんでいたのではないかと思うんです。
【重要文化財】伝 土佐広周《四季花鳥図屏風》(部分)室町時代 15世紀
また、和歌を特集したセクションでも同じことを思いました。「和歌×○○」と、ジャンルを越えて美をつなげ、美の世界を広げていくイメージを抱いたんですよね。
例えばこちらの着物です。色々と刺繍が施されていますが、モチーフからとある和歌の内容を推理できるようになっています。
《白綸子地橘亀甲文字模様 小袖》江戸時代 18世紀
不老長寿の実をつけるとされた橘や、長寿の象徴である亀の模様、また長寿を願う「君が代」の一節を表現する文字も刺繍されています。和歌と着物を取り合わせた、面白い作品だと思います。
みんながよく知っている和歌に着想して、作品が作られるという順番そのものも興味深いです。和歌の世界を借りて作品の世界を広げる、情緒における「借景」が繰り広げられていました。身につける着物の表現の次元を、脳内にも広げていくイメージ。
《白綸子地橘亀甲文字模様 小袖》(部分)江戸時代 18世紀
作品単体が良いのはもちろんですが、監督である持ち主が何と何を取り合わせ、どう配置するかを問われるのが、日本美術の真髄ではないかと思いました。「日本美術が生活と密着している」のは、「生活を総合して演出するため」だったのではないでしょうか?
生き生きとした動物たち
動物が主役級のポジションで登場するのも、西洋美術には無い日本美術ならではの特徴だと思います。
なんでも、『古今和歌集』の序文にも「生き物はみんなみんな歌を詠む」と書かれているらしい。人間以外の動物にも風流な心があり、それぞれに歌を詠んでいるのだと考えていたのでしょう。素敵な思想ですよね。
《雀の小藤太絵巻 上巻》室町時代 16世紀
和歌のセクションには、動物が歌を詠み合う絵巻が展示されていました。《雀の小藤太絵巻 上巻》には、鳥たちの絵とともに和歌が書かれ、鳥が歌を詠んでいる描写がされています。雀の小藤太夫妻は我が子を蛇に食べられてしまったので、その弔問に訪れたさまざまな鳥たちが和歌を詠み、慰めているシーンが展示されています。
《雀の小藤太絵巻 上巻》(部分)室町時代 16世紀
鶴のなぐさめの和歌に対し、雀も返歌を詠っています。当時の人々は、こんな風に動物もコミュニケーションを取っていたと考えていたのでしょう。なんて優しい眼差しなんでしょうか…。
他にも、動物がメインで登場する作品がたくさんありました。人間と同じように着物を着て木造の家で生活しており、私たちも感情移入できる表現で描かれています。動物を擬人化したように描くところも、日本美術ならではの特徴です。
《鼠草子絵巻》(部分)室町~桃山時代 16世紀
《鼠草子絵巻》では、鼠が着物を着て馬に乗り、人間の姫君と結婚します。馬に乗って颯爽と駆ける様子がとても面白いです。姫君や馬のサイズ感から、鼠も人間と同じくらいの大きさとして描かれているようです。
《鼠草子絵巻》(部分)室町~桃山時代 16世紀
日本美術で動物をメインにした作品といえば《鳥獣人物戯画》ですが、他にも動物の作品がたくさんあるんですね。
こうした作品群を見つめながら、現代よりも野生との距離が近かったのかな、と想像しました。自然への眼差しが良い意味で子どもっぽく、素朴な印象でした。
小さいものの可愛らしさ
もう一つ、素朴な愛情が窺える日本美術を紹介します。ミニチュア作品が特集されたセクションがあり、日用品をスモールライトで小さくしたかのような可愛い道具がたくさんありました。標準サイズの作品と比較された展示もあり、大きさのギャップから職人の神業を窺い知ることができ、楽しい展示でした。
七澤屋《雛道具》(部分)江戸時代 19世紀
小さくなった分、絵付けなどの装飾がおろそかになるのかと思いますが、そんなことはありません。こちらは銚子(やかんのような道具)とそのミニチュアですが、大きさの違いが分かるでしょうか?奥にあるのは現代のやかんと同じくらいのサイズですが、手前にあるのは指先でつまんで持てるくらいのミニチュア銚子です。
手前:七澤屋《雛道具のうち牡丹唐草文蒔絵銚子》江戸時代 19世紀
小さいのにしっかり銚子の形になっていることも凄いですが、さらに細かな絵付けまで施されており、驚きました。3点の支えで自立しているのも、赤ちゃんが一生懸命立っているような愛おしさがあります。
《切子霰文脚付杯》(部分)江戸時代後期~明治時代初期 19世紀
清少納言の『枕草子』には「なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし」という一節があり、小さいものは無条件に可愛いと言っています。現代でも小さいものは可愛いですが、この感覚は古来から変わらないのかもしれません。
七澤屋《雛道具》(部分)江戸時代 19世紀
アップで撮影すると、ミニチュアとは分からないような作品もあります。
確かに可愛いのですが、どんな用途で使われていたのかも気になります。「雛道具」とあるものも多いので、お雛様の飾りだったのかな、とは思うのですが…子どものお人形遊びに使われたのか、大人がガチャガチャの景品を愛でるように鑑賞していたのかによって、意味が変わってくるように感じました。
【まとめ】日本美術の昔の楽しみ方に触れる
サントリー美術館の『リニューアル・オープン記念展Ⅱ 日本美術の裏の裏』について紹介してきました。ポイントをおさらいしておきましょう。
- 作品の良し悪しは持ち主の「取り合わせ」が肝
- 動物も和歌を詠むとした風流な考え方
- 今も昔も変わらず小さいものに惹かれる心
アートの定理のレビューでも詳しく書いたのですが、現代人が日本美術を見る目と、当時の人々が当時の日本美術を見る目は違ったのだ、と本展で気づかされました。すでに江戸時代以前の心は失われているので、私たちは普通に暮らしていて本来の日本美術の楽しみ方を復活させることはできないと思います。
そんな中、今回のサントリー美術館での展示では、現代の価値観から解き放ってくれるような鑑賞体験ができました。このブログは「和文化の定理」という名前なので、昔の美意識を復活させるような役割も担いたいな、と決意を新たにしています。
展覧会情報
《かるかや 上冊》(部分)室町時代 16世紀
リニューアル・オープン記念展Ⅱ 日本美術の裏の裏
会期:2020年9月30日(水)~11月29日(日)※会期中展示替えあり
会場:サントリー美術館
開館時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※11月2日(月)、22日(日)は20時まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日:火曜日
※11月3日、24日は18時まで開館
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